終活事始め

最大の終活は、健康寿命をいかに長く維持し、周りに負担・迷惑をかけない取り組みをすることだと思います。

長尾和宏先生の対「近藤誠理論」

 近藤誠先生の「がん放置療法」を読んで、疑問が残ったので、長尾和宏先生の「長尾先生、「「近藤誠理論」のどこが間違っているのですか?」を読んでみました。
 「絶対に後悔しないがん治療」と副題がついています。
 そして、この本の趣旨が次のように書かれています。
 「町医者だから知っている、がん患者さんの現実!
 ステージⅣで助かる人もいる。転移した後に長生きする人もたくさんいる。放置したほうがいい人もいる。…近藤誠理論には、概ね正しいところと、明らかに間違っているところ、そして未知のところが混在している。本書では、近藤誠氏の言説のひとつひとつに〇、×、△、とできるだけ明快に答えてみたい。」


 と、言いながらも、「近藤誠理論」の否定です。
 近藤誠理論は、多くの患者にとっては極論ですが、高齢者のおとなしいがんへの過剰医療に対する警告としては認めています。
 平均寿命を過ぎて、自覚症状がなく、不便を感じていなければ、進行が比較的ゆっくりしていれば、治療するかしないかの選択の議論は不毛だからです。


 長尾先生は、がんは治る時代にきているとし、ある程度の年齢、ある程度の進行度までは、手術や抗がん剤、放射線などの三大治療で闘った方がいい場合がいくらでもあり、重視すべきは、QOL(生活の質)を下げないためのやりかたと、何よりも“やめどき” とおっしゃいます。
 正にその通りなのですが、その年齢やどの程度の進行度なのか、そして“やめどき”の判断基準が分からないから悩ましいのです。それは、個別ケースで医師にまかせるしかないのでしょうか?


 近藤先生の「最初から「転移が全身にひそむがん」と「転移が全身にひそんでいないがん」があり、「転移が全身にひそんでいないがん」は全体の9割に及ぶ」ということについては、あまりに極論という感が強かったのですが、長尾先生は、この2つだけでなく、その間がいくらでもあり、経過のなかではこの2つの間を揺れ動くし、がん細胞には転移する能力があるか否かは現時点では全くわかっていないとおっしゃっています。


 急いで手術(治療)する必要については、がん細胞=相手の兵力が少ないときに、攻撃(治療)したほうが、効率がいいに決まっているが、がんがこうして発見されるまでにがん細胞が体内に生まれてから5~10年はたっているので、1か月くらいで病状が大きく変わることはほぼないとおっしゃいますので、じっくり考えるべきですね。


 近藤先生は、医師に言われるままがんと闘って後悔している人はたくさんいると言っていますし、一方、放置治療に止まって後悔している人もたくさんいると言われる方もおり、
それぞれ真実なのだろうと思います。
 やはり千差万別で、みな一様ではないのですから、一方のみ正しいと言えないですね。
 長尾先生は、大病院の中には、今だに、患者不在で治療方針を決定するところがあるとおっしゃっているので、自分が当事者になった場合、自分にはどのような治療が適しているのか、患者本位の治療方針の選定がなされるのか、そしてなによりQOL(生活の質)を下げない意向など尊重されるのか、ますます悩みは深まります。