終活事始め

最大の終活は、健康寿命をいかに長く維持し、周りに負担・迷惑をかけない取り組みをすることだと思います。

一面の真実

スカイトップ

 一面の真実とは、物事には様々な側面があって、一つの側面から見ただけでは全体像を理解することはできないのに、あたかもそれが全体であると錯誤に陥ってしまうことです。

 一面では正しくても、それは全体の一部(面)であって、真実には程遠いのです。


自分の経験や知識、感情に基づいて物事を判断してしまうことは、その人にとっては「正」(真実)であるかもしれませんが、それは全ての人に当てはまるものではないですよね。


 ましてや、限られた経験や情報であったり、条件を揃えていないデータ比較をもって、それが「正」(真実)とするのは、もはやデマゴーグです。


 前回の投稿「ほんとうの花」では、川島隆太先生の「脳を鍛える!人生は65歳からが面白い」を紹介しておきながら、「まことの花」と「時分の花」の解釈から、世阿弥の「風姿花伝」や立原正秋原作の古いテレビドラマ「舞いの家」の話題に脱線してしまいました。


 川島先生のこの本は、非常に得るところが多いのですが、今回も本編でなく、巻末の特別付録とされた「ちょっと小難しいけど大切なはなし」が、我が意を得たりと思うような内容で、正に「一面の真実」を考えさせるものでしたので要点を紹介します。


 世の中は多くの情報に溢れていて、正しい情報、ちょっと怪しい情報、明らかなウソの情報が飛び交っていて、健康に関する情報も玉石混交で、研究者の目には、ちょっと酷いと思われるものもあります。


 私達は、いわゆる「専門家」や「科学者」の発信する情報に「価値(有効性、有益性、安心・安全の感覚)」を見出そうとしていますし、「エビデンス(その情報に確かな価値がある)がある」と言われると半信半疑でも納得してしまっているのではないでしょうか。


 でも、科学的エビデンスにも「証拠」としての価値(信頼性)に差があります。

 研究の行い方(研究デザイン)によって、導きだされる結論の「正しさの度合い」や研究結果の「普遍性」といった信頼性は変わってきます。


 エビデンスの扱いは分野毎にことなりますが、医学系の研究に関しては、次の5つに分類して評価できます。

エビデンスレベル1 エキスパートオピニオン

 専門家が自分の経験をもとに「私はこう考える」と意見を発表したもの。

 どんな大御所の経験豊富な専門家であっても、個人の経験には限りがあり、かつ大きな情動を伴なって経験したものによって強いバイアス(偏見や先入観)が生じ、結果、結論が誤った方向に向かうこともあり、科学的信用度は一番低いランクです。


エビデンスレベル2 症例集積研究・症例対照研究

 症例集積研究は、病気になってしまった患者集団の調査で、症例対照研究は、病気になってしまった患者集団と健康な人の集団を比較した調査です。

 環境や習慣といった特性に差があるので、その差が発症に寄与している可能性があるかもしれません。


エビデンスレベル3~5は次の通りですが、詳細は各愛します。

エビデンスレベル3 コホート研究・比較臨床試験

エビデンスレベル4 ランダム化比較対照試験

エビデンスレベル5 メタアナリシス(複数のランダム化比較対照試験の結果をまとめて解析したもの)

 

 これを見てみると、私たちはいかにエビデンスレベル1のエキスパートオピニオンに振り回されているかを感じます。

 専門家が現場での経験から得られた結論は、ある意味正しいのかも知れませんが、それは「一面の真実」に過ぎないので、エキスパートオピニオンであると感じた時は、一度立ち止まって、検証してみる習慣が大切ですね。

 それにしても、ちょっと面白い理論に飛びついて、自ら検証することもなく、放送するテレビにも疑問を感じます。


 そして何より驚いたのは、エビデンスレベル5のメタアナリシスを経た結論であっても

100%万人に当てはまることではなく、「ざっくり全体の7割」に当てはまればよいと考えられていることです。

 個々人がどうなるかには目を向けず、全体の傾向がどうなるかに目を向けているので、そのようになるとのことです。


 それは個人差なり、環境なり、バイアスは多々ありますが、有効なエビデンスは9割以上には当てはまると思っていたので、驚きでした。

 効果があるなどと喧伝されているのに、なぜ自分には当てはまらないのか、疑問に思うことも多々ありましたが、そんなことだったのですね。


 そういえば、「風姿花伝」の中でもとりわけ有名な「秘すれば花なり。秘せずば花なるべからず」なのですが、正に能の世界で観客たちの人気を獲得するための戦略論で、「花というものは、万木千草四季折々に咲くものであって、その時を得た珍しさゆえ愛でられるものであるので、その家の伝統芸といっても、毎回舞台で見せてしまっては、観客も見慣れてしまいので、「花」ではなくなってしまう。誰も知らない「新しい」「珍しい」芸だからこそ、それは「花」となり、勝負の相手や観客を圧倒することができるのだ。」と説かれているので、あくまでも能の世界に限った奥義で、全てにあてはまるものではなく、正に「一面の真実」ですね。